心の墓場

ここは言葉の掃き溜め、墓地のような場所。                      愚痴が中心ですので苦手な方はお笑いでも見ててください。

先の先を読む

剣道には三つの「先」があるとされます(諸説あり)。

・先(相手より先手を打つこと)

・後の先(先手を読み受け返すこと)

・先の先(相手の先を察知して先手を打つこと)

※かなりテキトーな解釈ですいません

 

今回は武道ではなく創作における「先の先」を考えてみようと思います。

面白いと思ったのは、上の三つの言葉が直観ではなく相手の動きに連動していること。最も未来的な「先の先」でさえ、相手の「先」があってこその概念であり、洞察力を高めた者に与えられる境地・領域なのだと思います。

個人的には創作も似通った部分があると考えていて、ストーリーを作るときは最後(エンディング)から逆説的に順序立てていきます。常に「先」を読んでいる状態に近いかと思います。

しかし、作品というものは集合体の結果(パッケージ)でありますから、締め切りとの整合性をとりながら作業することが求められます。「先」を読みながら未来にある締め切りを意識することが「先の先」に当たるのではないかと。

そして今の自分に必要なのは「先の先」を読む力だと最近痛感しました。

4月〆切のシナリオの公募があったので、まずそれを目標に頑張っていたのですが、作業を始めた時期が遅かった為か〆切との戦いに突入。個人的に半分諦めかけていたのですが、意外にも書き切ってしまい無事投稿することが出来ました。

問題はその次、6月〆切の文学賞があったので今度はそれに挑戦。

2か月ほどあれば間に合うだろうと呑気にやっていたら大問題。プロットとか話は出来上がっているんだけど、全然書き進めることができません。理由は、シナリオではなく小説だったから。脚本と小説では書式が全く違うし、小説を書くのも3年ぶりだったので自分の筆力を見誤っていたのです。脚本を書く際はノウハウがあったので何とかなったのですが、小説にはそれが無い。「先の先」を読むにはまず自分の実力を知ることが肝心なのです。

それ以来、6月の賞はすっぱりと諦め、とりあえず自分のペースで書いてみると肩が軽くなったからか、言葉が出てくるようになり「話の行方」がハッキリするまでになりました。自分自身、どこか焦ってたのかもしれません。

 

 

公募の賞は一年に一回しかしない貴重なチャンスです。ですから締め切りを意識しながら作業する事は非常に大切なことです。でも、人間それぞれに「ペース」というものがあるのは事実。自分のペースを超えていくとやっぱり筆が止まるし、気持ちも閉塞的になる。そんな中で生まれた作品が評価される訳ないんだから、〆切を意識しすぎるのも良くないのだと思う。創作的にはそこら辺の塩梅を見極めることが「先の先」に繋がるのだと解釈しています。

ちなみに個人的には「先の先」とはマイペースを極める事だと考えています。自分を極め、呼吸すら支配する――己こそが最大の「相手」ですから(笑

 

目指せ! マイペースの達人!!