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心の墓場

ここは言葉の掃き溜め、墓地のような場所。愚痴が中心ですので苦手な方はお笑いでも見ててください

昔話

大学入学と同時に脚本学校(以下:スクール)に入った。

それまでは小説家になりたくて、いくつかの小説を書いたが点でダメだった。当時の僕は単なる文学青年かぶれで、自分の物語を文章にするだけの人間に過ぎなった。しかし、スクールで授業を受けるようになってからは、『自分の物語を面白く描かねばならない』と口を酸っぱく教わった。とにかく、見てもらっている人、聞いてもらっている人に受け入れられなければ意味がない。そこで初めて、小説ではなく脚本(シナリオ)の方へ転向することを決めた。小説だとどうしても、内向的になってしまう。でもシナリオは描き方や構図などがおおよそ決まっていてやりやすい。それに小説より金になる。そこから僕は近所のレンタルDVDショップで映画やドラマを鑑賞しまくる日々が続いた。まだ見てない名作はあると思うがあらかたの作品は見たんではないだろうか。高校時代に読書狂(純文学)だったのに似ている気がする。

カリキュラムは半年で講義は月8回(週2)ほど。50回ぐらい授業があったと思う。中には有名な脚本家さんが来てくれるときもあって、当時は18歳だったこともあってか「頑張れ若者!」みたいによく励ましていただいた。そんな応援もあり、僕はスクールの授業を無事修了。全講義の1/3は出席しないと修了証をもらえないので、最初は埋まっていた講義室も最後の修了式には半分以下になっていた。

修了生はそれからどうなるかというと、任意で自分のジャンルにあったゼミに入って再びシナリオの勉強へと移る。そこで僕は師匠と出会った(というより曜日の関係で師匠のゼミに入っただけなんだけど)。師匠のゼミは実戦よりも基礎を重視するタイプのところで、基本的にノンジャンルでシナリオを研究する部門。創作と批評が授業の柱だった。

僕がゼミに入ったときはまだ未成年で、最年少受講生だった。分からないこともたくさんあったから、ひどいプロットを提出した日にはさらし者にされて、よく教材にされた。ゼミの人たちもよく喋るもんだから、授業から脱線することも多かった。でも、僕はそんな騒々しく議論の絶えない居場所が好きだった。

しかし時が経つにつれ、ゼミにも新しい人が入ってくる。逆に家庭や仕事の都合で辞める人もいる。当然、雰囲気も徐々に変わっていく。それでも僕が最年少受講生であることには変わりなくて、年上の後輩みたいな人たちが毎年増えていくのだ。別にそのことについては、まったく気にしていないし、むしろ大歓迎。だが問題だったのは、僕が書いているシナリオの性質とゼミの性質が歪み始めてきたということだった。

僕はよくコメディを書く。それがどんな形であれ、クスッと笑えるものにする。それが信条だった。ショートシナリオの課題が出たので、みんなが絶対に書かないであろう『特撮もの』を書いてみた。僕自身初めて書いてみたが、意外と気に入っている(今でも)。しかし、評判は当然芳しいものではなかった。シナリオとしての批評なら当然受け止めるが、「なんで特撮なの?」みたいな、あたかも特撮作品とテレビドラマを比較するような意見が多かったため、そこで自分の中の理想みたいなものが一気に崩れ去った。「ああ、ここじゃないんだな」と。すでにゼミは気付かぬうちに現実的ドラマ作品を良いとする風潮になっていた。テレビ局が好きそうな作品ばかりでつまらないとさえ感じた(それでもちゃんと批評はするよ)。

そういった作品につまらなさを感じていた僕は一貫してコメディ作品を書き続けていたが、ずっと指導してくれた師匠が根を上げてしまったので、さすがに限界を感じた。師匠はゼミに入ったときからずっと僕を見てくれた。おそらく誰よりも長所と短所、作風を知っている。だから、素直に様々なことを話してくれたのだと思う。師匠にはいつかご恩返しをしたいものだ。

 

もう秋になった。そろそろ何かしらの区切りをつける頃なのかもしれない。

でも、諦めるとは言ってない。

なんとかして形にしてみたい。

創造の始まりは無。そこからあがいてようやく何かが見えてくる。

18歳の自分がそうだったように。